健一と広島

腐れ縁の健一は嫌なやつ。自分の事しか考えてない。他人の気持なんか考えちゃいない。

気が向かなきゃいくら電話したって出もしない。

そんな健一だけど、俺が沈んでる時に限って、どこかで監視してるのかってぐらいの

タイミングで電話してくる。日曜日の夜。今日もそんな感じだった。

「あー俺。何してんの?今からいくから。部屋の掃除でもして待ってて」

30分後、健一がコンビニ袋ぶら下げてやって来る。

もう歳なのにいつも通り、20歳の頃と変わらず、半ズボンにTシャツ姿。

健一は俺の顔を見ても何も言わない。ビールを一口飲んでテレビを一通りチェック

すると、「スト2やろうぜ」。健一はスト2が弱い。5連敗した時点でコントローラを投げ捨て、はき捨てる。「クソゲー」。

無言のまま時間が過ぎた。ビールもなくなった。日曜日の夜はテレビも終るのが早い。

無音の部屋をもてあまし、エロビデオを漁り出す健一。

「こんなのとやりたいよなー」「俺はやれれば誰でもいいけどなー」

「明日さ、すっげーすっげー、見た瞬間に固まっちゃうようないい女探しに行かない?」

朝8時、小倉駅。通勤通学の連中が行き交う。俺たちは朝飯と広島までの切符を買った。

車内はサラリーマンで埋め尽くされ、静かだった。小倉の街が遠ざかり、トンネルが続く。真っ暗な窓に映る自分を眺めていたら

窓の中で健一と目が合った。健一は「俺たち変わらないね」と言った。俺も、同じ事思い出してた。

19歳、20歳の頃の俺たちは毎日電車に揺られていた。世界の誰からも認められず、

だけど「俺はすげえんだこんなもんじゃねえんだ」って気持が捨てられなくて。

根拠のない自信だけで必死に自分を支えていた。

女っ気も金もやる事もない俺たちに話題なんかあるはずもなく、ただただ黙って、毎日電車に揺られていた。

あの頃から年月が経ち、二人は納まるべきところに収まった。

「俺は砂浜の中の一粒の砂なんかじゃない」そう思っていたのも昔の話。

でも、今またこうして二人で黙って電車に揺られてる。心地よささえ感じている。

車内販売のお姉さんはブスだった。がっかりした俺は目を閉じた。

そして、広島についた。

「で、どうする?」って聞くと健一は「わかんない」と言った。

「いい年して半ズボンやめろよ」っていってやった。

お好み焼き屋、観光バス、どこにもいい女は居なかった。

夜になって、飲み屋街へ繰り出した。広島のお姉さんたちに俺たちの下ネタは

全く受けなかった。

「ブスばっかだったな」「だなー」負け惜しみ言うのは忘れない。

愛想の悪いタクシーを降りて蹴りを入れ、ビジネスホテルに入った。

サウナに入り、ビールを飲んで、ベッドに転がった。

電気を消すと、健一が言った。「で、どうした?」

「いつまでお前の顔見なきゃいけないのかなと思うとうんざりしてな」

「もうすぐ寒くなるしな。今度は長いズボン履いて来るし。たまにはこういうのよくない?」

「会話かみ合ってないし」

朝の広島駅も通勤通学の連中が行き交っていた。

帰りも、無言で電車に揺られた。

小倉につくと健一は「一生付きまとうつもり」と言って去っていった。

そこで、やっと気づいた。

「あいつ、俺の顔見て察してくれたんだろうけど、あいつも何か聞いて欲しかったんじゃないか」

自分の事しか考えてないのは俺の方じゃねえか。

「でもまぁ、俺たちは二人並んで黙って電車に揺られてればそれでいいんだよな」

きっと、健一もそう思ってた。

今度は俺の方から「いい女探しに行こうぜ」って誘えばいい。