2007-01-01から1年間の記事一覧
夜の間に降り積もった雪は、眩しい朝日に照らされながら、車や人に踏み固められ、氷や水という、元の姿に戻っていった。そして、穏やかな冬の昼のぬくもりに覆い尽くされる頃には、すっかり泥水となってしまい、道路脇にほんの少し、残るだけとなった。点々…
カーテンの隙間から、冷たい夜風に晒されて震えている、星たちが見えた。星々は今にも街の喧騒にかき消されそうになりながら、しかし、確かに、かすかに、光を放っている。 気がつけば冬も目前。高校を卒業するまで、残り4ヶ月。近所のスーパーでのバイトを…
「ねえ、パパ、パパってば、ねえ、早く起きてってば」 盆休み前の最終出勤日という事で、同僚達と飲み歩き、床についたのは明け方だった。学生時代の懐かしい友達どもがゾンビの群れのように追いかけてくる変な夢を見ていたら、息子の真一に起こされた。まだ…
思いの他、早くスムーズに終った仕事にほっとしながら、新幹線の中で、書類に目を通していた。いつの間にか雨が降り出したらしい。いくつもの雨粒が、窓に張り付いては線を引いて消えていく。夕立だから目的の駅に着く頃には止んでいるだろうと思い、また書…
漫才の相方である正樹は、まだ来ていなかった。 しばらくして、慣れない店の空気に疲れ、待つのにも飽きてきたので、食前酒のワインを頼む事にした。昨日の夜に突然、俺の方から一方的に誘ったんだ。多少の遅刻にケチをつけるつもりはない。 ウェイターに、…
「あのー、すいません」 店の入り口で声がした。か細く若い女の声に、なんだろうと思いながら、弾いていたギターを置いて、店へ出た。 若く、細い女性が立っていた。汗まみれになっているせいで、体にベッタリと張り付いた白いTシャツから、ブラジャーがくっ…
梅雨入り後の曇り空。30度を越える蒸し暑い午後だった。 オフィス街の交差点で、溜息をつきながら信号が変わるのを待っていた。腕と首に張り付くYシャツが鬱陶しい。ハンカチを取り出して首筋の汗を拭きながら、交差点の向こう側の人々を眺めた。誰もがこの…
俺達がバンドという夢を抱きしめて走り出し、13年の月日が流れた。 俺も、ドラムのデンチも、ギターのマッカも、ベースのサトシも、そして5年前に加入したギターのケンジも、皆等しく歳を取り、世間というものを、大人の世界というものを知った。メジャーデ…
2日で300万作れとオヤジに言われた時、俺には恐怖と絶望しかなかった。 シマ内の店という店を廻り歩いて話をつけたり、借金返済の滞っているヤツを山へ連れて行って半分埋めたり。これまでだって散々努力してきた。しかし、それでもオヤジの納得する額は作れ…
「私、風俗嬢なの」突然だった。 僕には風俗嬢の知り合いなどいない。それどころか女友達も男友達もいないし、女の子と話した事がある時間は、人生でトータル3分以内だ。だから、彼女が何を言っているのか、何をしたいのか、全く理解出来なかった。そもそも…
極限に達しつつある尻に全神経を集中しつつ、辺りを見渡し誰もいない事を確認して、職員用トイレへと入った。便器へ近づくのに比例して激化する尻の爆発欲求。蹴破るようにしてドアを開け、パンツを下ろしたのと全く同じタイミングで、爆音とともに糞が噴出…
スーツ姿のサラリーマン達や寄り添い合うカップルたちがそれぞれ思い思いの店へと吸い込まれていく。私は、店の前まで来たものの決心がつかず、ドアノブに手をかけては辺りを歩き回るという行動を繰り返していた。この季節にしてはやけに暑い夕暮れ。長袖の…
(注)習作です。 逆立ちをしたままで聡は瞑想にひたっていた。目前の雄大な海から押しては引いていく波を見るでもなく、見ないでもなく、この男は世界の果てへと辿り着いているかのようにも見えた。聡の周りを数十人の若い男女が取り囲んでいる。これは聡の…
「俺に惚れてくれるやつを当たり前に愛そう」そう言ったのは誰だったか……。 給料日後の週末だというのに、僕を誘ってくれる同僚など一人もいなかった。いつもの事だ。最近、時々メールや電話をしてくる恵子からの連絡もない。普段はうざいだけなのに、こうい…
「あんた、暗いね。」 「え、あ、うん……」 「いっつも書いてるそれ、何?」 「え、あ、うん、それは……」 「だからぁー。暗いね、あんた。なんですぐ黙り込むかな。で? 何? それ」 「え、映画! 映画のきゃく、ほ、ん……」 「へーえ。映画好きなんだ。将来は…
僕たちのバンド、『COLD HATE』のメジャーデビュー後最初の仕事は、デビューアルバムをひっさげての東京・大阪・福岡、全国3箇所のライブツアーだった。 アマチュア時代から拠点としている東京はもちろん、活動圏だった大阪でも、メジャー後初のライブはいつ…
3流とはいえ一応進学校であった我が校は、1年生の時から通常の授業とは別に、受験勉強のための特別講義があった。自由参加という建前ではあったが、実際は全員参加の強制であった。そうやって3年間を過し、センター試験を終えると、3年生は1月いっぱいで授業…
俺の実家、農家なんだけど。農家といってもあんまり大規模なんじゃなくて、じいちゃんばあちゃん、父ちゃん母ちゃん、それに俺たち兄弟が無理矢理手伝いやらされてなんとかやり繰りしてるような、小規模なやつ。米と、い草作ってる。『い草』ってわかるかな…
飲み会の後、カラオケへとなだれ込んだ私たちはそのまま夜中の2時まで歌い続けた。帰宅すると、まだ部屋の電気はついたままだった。足音を立てないようにゆっくりと階段を上り、遅くなった言い訳を考えながらそおっとドアを開ける。「ただいま。まだ起きてた…
いつもの店、いつもの面子、2杯の生ビールと枝豆と揚げ出し豆腐、そして芋焼酎。貧乏くさいナリした作家志望の俺たちは、自分達にピッタリの汚い安居酒屋でテーブルを叩きながら各自の文学論をぶつけ合う。この時だけが幸せを実感出来る瞬間だ。 コンビニで…
大樹が精神病院に入れられたのは17歳の時だった。元来の暗い性格が災いしてイジメのターゲットとなり、16歳で不登校になり、ヒキコモリになった。誰とも交わる事を拒み、ひとり、自分を肯定するモノが何ひとつない毎日の中で、16歳のちっぽけな胸は必死に居…
港に止めた車の中で二人、夕暮れをスクリーンにして風に流されていく雨雲を見てた。急に黙りこんだサトミが一呼吸置いて、ぼつりと言った。「結婚しようって。言われたよ。私、結婚するよ」 いつかこんな日が来る事はわかってた。でもいざこうしてその時にな…
工業高校出身、実家に寄生している無職7年目、小説家志望。友達なし、実績なし、毎日インターネットの掲示板で自分は大物であるかのように振舞い、新人賞受賞宣言をしたりする、ありふれた、そんな彼。ここでは彼をエコと呼ぶ。おそらく、一生スポットの当た…
DJが日替わりの深夜放送を布団に潜って寝た振りしながら聞くのが楽しみだった。DJは有名人や駆出しの新人、歌手やお笑い芸人、舞台役者まで多様だった。フリートークに続き、大人の都合で選曲された「今週のイチオシ曲」。そして次々に読まれていく読者ハガ…
昨晩から降り出した雨がサクラの花びらを一通り散らし終わると、まだ少し冷たい空気の中、夕陽が顔をだした。 家路へと続く堤防の道を夕陽に照らされた長い影と小さな影が歩いていく。買い物袋を持った反対の手はしっかりと男の子の手を握り締め、二人は楽し…
酷く曖昧な夕暮れが群がる西側に、寂しげな風が吹き荒れてる。雲に覆われた夕陽はまるでスクリーンのように、部屋の片隅に座り込み、手首の傷を見つめる私をただ静かに映し続ける。何度も繰り返された光景。少しとも変わらないこの部屋。変わるはずのない同…
部屋の窓から見える公園のサクラの花びらが冷たい夜の雨にさらされて一枚、また一枚と舞い落ちていく。なんとはなしにそれを眺めてた私の背後から、寝転んでテレビを見ているヒロ君がいう。「どうした?なんかあったか?」「ううん。なんでもない。今年は花…
「いらっしゃいませ〜!お好きな所へどうぞ〜!」前の客の食器を片付け、長い年月をかけてこびり付いた油でベトベトのテーブルを拭きながら笑顔でありったけの声を出す。前掛けとお揃いの紺色の頭巾で纏められた長い黒髪の生え際から、汗が流れ落ちる。 大学…
25歳。ひとより一足遅い社会人デビューへ向けて、俺はスーツの量販店で入社式用のスーツを試着していた。2浪してやっと入れた三流大学で1年留年して、今年やっと、卒業できて、なんとか就職先も決まった。 新生活への憧れだとか社会人としての自覚だとか、そ…
「あのさ、急で悪いけど今日、飲み、付き合ってくれない?」終業時間目前の4時45分、メールが着た。金曜日のこんな時間に急に誘われても、もう予定が詰まってるに決まってるじゃないか。でも、「うん、いいよ。」って返事して、先約に断りの連絡を入れた。彼…