フィギュア
私、オタク趣味なんです。腐女子ってやつですね。男の人同士が絡み合う漫画が大好きです。
そんなだから、いつも学校では孤立してたんですけど、私の趣味を理解してくれる友達が出来たんです。
その子、美沙って言うんですけど、美沙自身は私みたいに趣味にどっぷりってわけじゃなくて、現実の恋愛にも積極的です。もちろん、レズなんかじゃなくて、いつも男の子の彼氏を欲しがっていました。
でも、私もそうなんで余り他人の事を言うのは気が引けるんですけど、美沙、ルックスがちょっとアレだから、彼氏なんか出来ないわけですよ。色々な所に顔を出して、積極的に行動はしてたみたいなんですけどね。
それで、やっぱり恋愛関係で傷付いてばかりいると、どうしても自然と、自分の味方してくれる人に惹かれちゃうじゃないですか。
美沙の場合はそれが、実のお兄ちゃんだったんです。
そのお兄ちゃんもオタクの人で、ルックスもいかにもって感じです。太ってて脂ぎってて、いつも変な臭いがして……。二人が兄妹だという事を知らない人が見たら、オタク同士のカップルにしか見えなかったんじゃないでしょうか。
それぐらい、二人は人前でもいちゃいちゃしていました。
そんな仲の良い兄妹ですが、ある日、美沙がお兄ちゃんの部屋をノックもせずに開けたそうです。
すると、お兄ちゃんは背中を向けたまま顔だけこっちを向いて、すごい剣幕で「何だ! 見るな! 閉めろ! 」って怒鳴ったそうです。
お兄ちゃんに怒鳴られたのなんか初めてで、最初は意味がわからなかったんだけど、私と二人で話し合って、結論が出ました。
「オナニーしてた最中で、妹に見られたと思っちゃったんじゃない? 」と。
美沙はヤキモチみたいな気持ちと、お兄ちゃんがどんなので欲情してるのか確かめたくて、こっそり忍び込んで、お兄ちゃんの部屋を物色したそうです。
本棚には、Hな漫画本が沢山ありますが、そんなのは美沙にも前から知られていた事。
何かもっとすごい物を隠してるに違いないと思い、あちこち調べたそうです。
そして、机の引き出しを開けた時、一瞬戸惑い、そして、絶句したそうです。
そこには、30センチぐらいのフィギュアがありました。でもそのフィギュアが、普通じゃなかったらしいんです。
普通、フィギュアっていえば、ソフビといって、やわらかいビニールに塗装がしてあるだけです。しかしそのフィギュアは、人工とは思えない、本物の様な髪の毛、水気で潤んだ目玉、人肌のような質感の素材で出来ていたそうです。
余りにもリアル過ぎます。しかし、オタクの世界です。高価なフィギュアになれば、これぐらいのレベルの物があってもおかしくはないな、とか、お兄ちゃんてこんな子が理想なのか等と思い、フィギュアを元に戻して部屋を後にしたそうです。
ところが不思議な事に、その日から急に、お兄ちゃんが口をきいてくれなくなったそうです。
美沙は悩みました。人形を見た事はバレてないはず。他に何かした覚えもない。なんでだろう。せめて、急変した理由だけでも聞きたい。そう思い、兄の部屋の前まで行きました。
中からは、Hの最中らしき、喘ぎ声が聞こえてきたそうです。お兄ちゃんが女の子を連れ込むなんで考えられないし、テレビもないから、アダルトビデオでもないはずです。
しばらく聞き耳を立てていた美沙は、気付きました。この喘ぎ声、女の声じゃなく、お兄ちゃんが一人二役でHしてるかのように声を出していたんです。
それからは毎夜、お兄ちゃんの部屋から喘ぎ声が聞こえるようになったそうです。
お兄ちゃんは相変わらず、美沙を一切、無視し続けたそうです。
それから数日後。異変に気付きます。兄の一人二役だったはずの喘ぎ声が、明らかに、本当の女の子の声になっているのです。
美沙は、そっと、お兄ちゃんの部屋を覗きました。
そこには、フィギュア相手に腰を振っている兄と、それに応えて喘ぐフィギュアの姿があったそうです。
事が終わると、普通の恋人同士がするようなぴロートークをし、お兄ちゃんはフィギュアを引き出しにしまいました。
美沙は、お兄ちゃんがオカシクなってしまったのか、自分がオカシクなってしまっているのか、もう訳がわからないといった状態でした。事情を説明された私も、どう答えたらいいかわかりませんでした。
二人で考えました。こんな事になっているのは、あのフィギュアが原因なのは間違いありません。どんな理由があったとしても、お兄ちゃんを、あのフィギュアから引き離す必要があると考えました。
翌日、美沙は、部屋でくつろいでいたお兄ちゃんに向かって、廊下から話かけました。
「ねえ、お兄ちゃん。生身の、本当の女の子と、Hしたくない? いいよ、私、お兄ちゃんが相手なら」
お兄ちゃんは再び激怒し、大声で叫びながらドアに何かを投げつけたきり、反応はありませんでした。
その日の夜です。美沙がベッドの上で眠りに落ちかけたその時。腕に鋭い痛みが走りました。「虫かな? 」そう思いながら虫刺されの薬を取りに行こうと起き上がると、少しだけ空いたドアの隙間に、銃の様なものを構えた、あのフィギュアが立っていました。呆然とする美沙。フィギュアは瞬きしない目で美沙を見つめたまま、再び、銃を発射しました。ピンクのレーザ光線の様なものが光り、激痛が走りました。「止めて! 助けて! 」叫んでも攻撃は止まりません。美沙は痛みの余り、気を失ったそうです。
翌日、美沙は昨夜の傷跡を見せながらこの話を私にした後、まだ授業が残っているのに、どこかへ行ってしまいました。
美沙が高所から落下して砕け散っているのが発見されたのは、午後の授業も終わって、生徒達が帰宅し始めた頃でした。
あのフィギュアの正体はわかりません。
でも、私は思うのです。お兄ちゃんとフィギュアはきっと、互いに本気で愛し合っていたのです。そしてフィギュアにとって恋敵であった美沙は、フィギュアに抹殺されたのではないでしょうか。